
生産工場の工場長時代は、工場の生産効率を追求して自分の工場の利益を1円でも多く稼げる努力をしておりましたが、 そうしているうちに取締役に任命されました。取締役となりますと、自分の工場の利益だけでは駄目で、会社全体の 効率を上げて会社の利益という観点での行動が必要となりました。 国内に4工場と関連の生産会社が3企業有りましたので、自分の工場だけを守っているだけでは会社としての利益目標を 達成することが出来ません。自分の工場は、基本的には思い通りになりますが、他工場や関連会社となりますとその トップの立場もあり意思も尊重しなければなりませんので、調整が大変重要となりました。
取締役と言っても最年少の取締役でしたので、経験豊富な生産部門以外の年配の役付き役員などからの意見も受けて 調整するのが一苦労でした。利益は、売上を増やして出ていくお金を少なくする事で生じる結果であるという基本に基づき 行動しましたので、最終的には受け入れていただける様な形でマネージメント出来たと思います。 二宮尊徳の財政再建思想に「入りを量りて出ずるを制する」と言うのがありますが、私の当時の経営思想は「入り増やして、 出ずるを減らす」でした。入りを増やすには、営業部門に任せるだけで無く、自部門の強みを活かして自ら仕事の受注も行いました。 本来であれば、勝手な行動ですので企業の組織活動としては良くない行為ですが、基本となるのがその期の利益を如何に 出すかのP/L経営でしたので、他部門の動きを待っていれませんでした。その結果、設備の空き負荷を埋めて稼働率を 上げることが出来ましたので成果に繋がりました。 出ずるを減らすには、消費する切削工具や油脂の量を減らしたり、安価な製品への転換、稼働率を上げて残業削減など 工程内の全てを見直しました。 その活動には、生産現場の実態を一番把握している生産工程の作業者を中心とした、改善活動イベントを運営することで 成果に繋げました。工場長になったばかりに、色々なイベントで培った運営力が、ここでも実を結んだように思います。
しかし、社内全体または連結事業全体の観点では、行動が伴っておらず独りよがりの活動だったように思います。 やはり、社内だけで無く関連子会社またはお取引先を巻き込んだ対外調整力が不足しておりましたので、単独または 連結での成果には繋がってはおりませんでした。工場間や連結子会社の良いとこ取りを行う目的で、色々な交流会も 開催しましたが、なかなか取り入れては貰えませんでした。今思えば、もう少し強気に攻めるべきだったかなと思います。
常に数字を最優先にしたP/L経営の基本を学ばせていただいた時期でしたが、P/Lに起因するパラメーターの何をどうすれば どの程度の効果が見込めるかの感覚を掴めましたので、大変意義有る期間だったと思います。そして、財務諸表を見る機会が 増えてきましたので、P/Lにも増してB/Sの重要度が高いのを実感し始めた時期でもありました。 株主総会で株主に向かって座ることで見える景色が変わり、今まで感じなかった株主の大切さも同時に学ばせていただきました。



