
昨日は70歳を越えたジジイが10人集まり、新宿で開かれた大宴会に参加しました。毎年、恒例で行っている楽しみの新年会です。
新年会なのに3月に入ってから行うのは、年明けは寒すぎて年寄りには身体に響くからです。その様な事は誰も言ってませんが勝手にそう思っています。しかし、昨日は季節が冬に逆戻りでメッチャ寒く、新年明けでも変わらなかったも知れません。
しかし、年寄りが年に一度顔を合わせますので、みんな色々なことを話したく大きな声でお話します。誰かが話をすると
その話題に輪を掛け益々盛り上がりますので、周りのテーブルの他のお客様は迷惑だったかも知れません。もしいらっしゃった方がおられましたら、代表してお詫びいたします。申し訳ございませんでした。
色々な話題の中で、一人が昔の写真を持ち込み、この時はこうだったとかああだったかとなり、50年前(正式には51年前)の話題で盛り上がりました。写真を見ますとセピアカラーの写真で、年代を感じます。みんな若くて、今も昔のままで当時に戻ったように楽しく会話しました。
現在の同じ場所には、グーグルマップで見ますと看板が新しくなって設置されているようですが、若干、看板の枠組みの形状が変化しているのが分かります。文字の書体は昔のままで、キャンプ村の所有者様の拘りがあるように感じますね。
その会話中で、この場所に行ったのは、私がここでバイトしていたから激励を兼ねて見に行ったんだと複数から証言が有り、当方としては記憶に無い事なので、いやそれは何かの間違いだよと言いましたが、相手は複数の証言でどう頑張っても劣勢で、結論的には年だから忘れてしまったんだよとなってしまいました。
まず菅沼がどこにあるのかも知らない位で、探してみたら奥日光の金精峠を越えたところの場所で有る事が分かりました。勿論、このキャンプ場に宿泊した記憶も無く、本当に自分かなと写真を凝視しましたが、確かに私です。
どの様に当地を訪れたかについては、車2台で行ったんだとなり、当方は乗って無いから覚えて無いのだとなって全て不利な証言ばかりとなりました。
色々を記憶を遡って見ましたが、何も思い出すことは有りません。ここまで来ると、高齢化でよく聞くボケ老人の典型の記憶喪失なのかなと思ってしまい、みんなの言っていた事が正しいのかとも思ってしまいます。
一応、記憶を戻すために写真の写メを撮らせてもらって持ち帰り、記憶を次回報告する事になっておりますが、記憶が蘇りませんのでみんなの記憶を正解にしようかなと思っております。年寄りになると、自分の記憶は曖昧ですので残念ながら降参しようかなと言うところです。
しかし、夏休み中は故郷に帰っておりましたので、奥日光でバイトはしてないとは思いますが、50年も前の記憶など無いに等しく、記憶があってもいい加減ですのでどうしようもありません。
まあ、日常生活において物忘れが激しくなっておりますので、今後は痴呆症になって世の中を徘徊しないように注意したいと思います。もし川越市内をボーッと彷徨っていたら、援助をお願いします。
もう一度、今夜お酒をシッカリと飲んで、頑張って半世紀前の記憶を辿ってみます。と思っていても、飲み始めたらもう忘れているかな?さっきの事も忘れるのに、半世紀前の記憶など無理ですね。諦めて、飲むのに専念します(笑)



